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赤い自転車

 子どもの頃から自転車とは切っても切れない関係である。生まれ育ったのが駅から遠く離れた農村地帯だったので、どこへだって自転車で行っていた。高校は片道25分ほどの自転車通学だった。大学生の頃も駅まで自転車に乗っていた。結婚して子どもができてからは前後に乗せて走っていた。今も仕事先まで往復1時間自転車を漕いでいる。
 1台の自転車にだいたい10年近く乗るのが普通である。それぞれの自転車に独特の癖があり馴染むと愛着がわく。自転車置き場でもすぐに自分のものをみつけられるようになるのである。
 
 数日前に、自転車を買い替えた。
 ちょうど10年乗った自転車は深い緑色で、茶色いかごが付いていた。前の職場の近くで買ったのだった。タイヤを数回変えたし、何度か修理をしてもらった。数か月前にサドルカバーが破れて、知らずに座っておしりがびしょ濡れになった。屋根のない場所に置いているので夜の間に降った雨がサドル内部に溜まっていて、それが滲み出てしまったのだった。
 それ以来、雨の後はビニール袋をかぶせるようになった。スーパーでもらう袋でこれはちょっと恥ずかしかった。タイヤの状態も悪くなってきていたので交換してついでにサドルカバーも買わないと…、と考えていた。
 
 それが自転車本体を買い替えることになったきっかけはちょっとした心の揺れのようなものだった。
 先週まで仕事が忙しかったうえに神戸で文学関係の大きなパーティが連続して2回あり、どちらも司会役をしなければならなかった。その打合せのために仕事を終えた夜に神戸まで足を運び、それを含めて計4回会場に行った。肩書きを間違えられない来賓の多い会の司会に自分で思っていた以上に身体的にも精神的にも疲れてしまっていたのだった。
 翌日からの雨の予報を見て気持ちが沈み込み、その中を職場まで自転車を漕いで行くことを想像するだけで憂鬱になり、どうしても気力が出せない状態だった。

 そのときに、ふと、自転車を買い替えようか、と思ったのだった。
 駅の駐輪場から自転車を押して、すぐ前にできた新しい自転車屋さんに行った。種類はそれほどなく、赤い自転車に目を留めるとお店の人が試乗してみますか、と言ってペダルを取り付けてくれた。一部が黒とツートンになった若い女の子が乗るような自転車である。
 27インチで前のよりも大きかったが乗ってみると違和感はなかった。ただその赤さに少し抵抗があった。
「この赤い色が派手じゃないかと思うんですよ」
と言うと、店員はそれほど強くおしてこないで、
「もう少し迷いますか」
と言った。
 私が店に入ってから次々お客さんが来て忙しそうだったし、なんとなくあまり迷いたくなくて、その自転車に決めた。
 
 まさかそんな自転車に乗ることになるとは想像もしていなかったが、こういう縁だったのだろう。黒いかごと傘立てを付けてもらい、さっきまで乗っていた自転車をその場に残して私は新しい自転車に乗って家まで帰った。
 
 デザインがしっくりときていなくても、新車というだけでテンションは上がる。翌朝の雨の中もうきうきしてペダルを漕ぎ出すことができたのだった。思えば前の深緑の自転車はしっかり者で控えめで知的なイメージがあった。新車は元気でお洒落で気が若い、という感じである。
 それはそれでいい。この自転車に私の次の10年を委ねることに決めたのである。

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花設計士

お疲れ様です。
なぜか、「もう少し迷いますか」が気に入りました。
わたしも自転車を買い替えるつもりのときでした。
by 花設計士 (2017-10-24 00:43) 

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