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気持ちを切り替えろ

 子どもらが通っていた高校の体育祭は、いつも三学年を縦割りにして四つのチームに分け、対抗戦が行われていた。
 そのチームの応援団は有志の参加でダンスを競い合い、毎年見応えのある戦いが繰り広げられたものだった。
 自分たちで曲を決め、振り付けを決め、衣装をデザインする。この衣装を縫うのが親の役目として回ってくる。
 体育祭は、六月頃に開催されるので、入学したばかりの一年生はよくわからないまま参加して、この高校の底力を思い知り、その自由さに身を委ねていくことになる。
 「自主自律」の校訓通り、校則や制服がなく、頭髪ももちろん制約がない。化粧もピアスも髪染めも咎められない。その代わりに責任は生徒本人が負うことになる。
 生徒達の応援団への熱の入れようは激しく、熱心な練習が連日繰り返される。
 親は心配しながらも、子どもが自らそこまで熱心に練習しているものを本番で見られるのを心待ちにするのだった。
 
 私もそんな親の一人で、毎年わくわくしながら体育祭を見に行っていた。
 応援団の演技はいつも午後の部の一番最初に行われた。四チームが順番に演技を披露し、生徒や教職員の投票で順位が決まったように覚えている。
 息子が二年生のときだったと思う。
 あるチームのダンスの途中で曲が途切れてしまった。音響の不備があったのである。
 しばらく中断して続行されたが、流れが切れたので勢いがなくなってしまった。
 それでもチームのメンバーは一生懸命に踊って演技を終えた。
 
 その後、本部で審議が行われ、そのチームは最後に再び演技をすることが決まった。
 それが放送されると、待機場所にかたまっていたそのチーム内にざわめきが起こった。メンバー達の緊張感はすでに切れていて、もう一回テンションを上げる気力が残っていない様子なのだった。勝手に方針を決めた本部への不満もあったと思う。
 私はそばで彼らを見ながら、どうなるんだろう、とハラハラしていた。
 
 その時、そのチームのリーダーの男の子が立ち上がった。
 彼はライオンのような金色の髪をしていた。少しつり上がった目をしたやんちゃそうな少年だった。
 彼はメンバーに向かって大声で、
「気持ちを切り替えろ!」
と叫んだのだった。
 彼の言葉は校庭中に響き渡り、辺りはシーンとなった。チーム内のざわめきは一瞬で消えたのだった。
 
 私は、なんてエラい子なんだろう、と感心すると同時に、物凄く感動した。
 応援団のリーダーになるくらいだから人望のある子なのだろうが、流石に選ばれるだけのことはあるな、と思った。
 その情景が今も目に焼き付いていて、私はことあるごとに思い出すのだった。
 
 新型コロナウィルスの影響で、日常がどんどん非日常の状態になっている。
 先の読めない閉塞感と不安。
 マスクもトイレットペーパーも思うように買えない。
 楽しみにしていた予定はすべて延期や中止になっている。
 気が滅入り、落ち込んでいく自分の心に、あの時の彼の言葉を私は注入し続けている。
「気持ちを切り替えろ!」
と。

タグ:自主自律
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