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チャドクガ

 電動自転車を漕いで行く片道1時間の畑通いをまじめに続けている。天気予報を念入りにチェックして曇りの日を狙い、道筋を覚え、その周囲の風景にも馴染んだ。
 それに伴って身体に危険を感じる暑さが消えて、次第に爽やかな風が吹く季節がやってきた。
 自分の身体に習慣付けができていく過程のなかで、それがいい感じで定着しつつあった。
 
 そんなある日の夜に、私はベッドの上で右腕に痒みを感じて目が醒めた。肘から手首にかけて赤い発疹が出ていた。左手首や首筋、膝のあたりも痒かった。
 最初は、ダニかな、と思ったけれど、発疹の出方を見ると手足口病のようでもあった。
 掻きむしっていると腫れてきて痛くなってきた。
 それでハッと気づいたのだった。
 
 その日の朝、私は畑に行ってシシガシラという名の寒椿の木の下の草抜きをしたのだった。以前、その木に虫がついて皮膚がかぶれた話を裏の家に住む叔母さんから聞いたことがあった。確か義兄も被害にあったと話していたが、他人事のように考えていたのだった。
 調べてみると、椿やサザンカには年に二回、茶毒蛾(チャドクガ)という毛虫がよくつくというのは有名な話のようだった。時期も4,5月と9月頃とピッタリだった。
 畑の管理をしてくれている叔父さんに電話をすると、定期的に消毒はしているがおそらくそうだろう、ということで、皮膚科の病院に行くように忠告された。
 言われた通り、翌日の仕事帰りに皮膚科へ行ってみると、やはり毛虫刺されによる皮膚炎だと診断されたのだった。
 
 いい感じなどと言ってのほほんと畑通いをしていた私は、自然の厳しさの洗礼を受けたような気持ちになった。
 チャドクガは卵の時から死骸になったあとまで、目に見えない毒毛を飛ばすそうだった。
ネットとYouTubeでいろいろと調べた。私の症状はそんなにひどくないこともわかった。けれど薄い長袖長ズボンでは防御できないことも判明した。
 それからの一週間のあいだに、私はホームセンターに行ってビニール製の上下服と毛虫用の殺虫剤、剪定鋏、防虫剤を買い、ネットでチャドクガの毛を固める凝固剤スプレーとゴーグルを注文した。
 
 この年齢になって初めて、チャドクガなんて名前のものと関わりを持つことになったのには驚いたし、ショックだったけれど、悔しさもあった。
 畑通いで痛めた腕や足を診てもらっている整骨院の先生にその話をして、
「でも私、チャドクガなんかに絶対に負けたくないんです」
と言うと、少し年下のぽっちゃりした体型のN先生は、私の必死さに一瞬驚いてから、
「そりゃそうです。浅田さんは負けませんよ」
と力強く言ってくれた。
 
 チャドクガ対策を万全にし、覚悟を決めて一週間後に畑に行った。
 シシガシラは家の裏側に五本、他の木と一緒に植わっているのだったが、それらは叔父さんの手によってきれいに刈り込まれ、毛虫は完全に駆除されていた。
 痛い足を引き摺って、叔父さんが頑張ってくれたのだった。
 
 私はなんだかジーンとしてしまった。
 今までに抱いたことのない種類の感動だった。
 自然の厳しさと、人への信頼感を再認識した出来事だった。

タグ:チャドクガ
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