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〝ええとこ〟に行く

 他人や家族に泣き顔を見られるのは恥ずかしいので、できるだけ避けたいと思って今まできた。
 けれど、人には、ここで泣かんでどうするねん、という瞬間があるものだと思う。
 
 父が90歳で亡くなった。
 つい4日前(8月17日)のことである。
 7年前から老人ホームに入居していたので、コロナが蔓延してから、面会ができない状況が続いていた。
 8月5日に施設から連絡があり、父が嘔吐して「今日はなんかしんどい」と体調不良を訴えたため、病院へ受診に連れて行くことになったと聞かされた。
 それで私が病院に駆けつけ、待合室で1年半ぶりに顔を合わせたのだった。
 そのときはわりと普通に喋ることができた。父は1年半前とあまり変わっていなかった。
 検査をすると肋骨を4本骨折して、肺と腎臓から出血していることがわかった。
 
 その後、転院し、退院していったん施設にもどったが、その翌朝、意識不明になって救急搬送された。
 運ばれたのは、私の家の近くの病院だった。土砂降りの中を自転車で急いだ。
 父は息苦しい様子で横たわっていた。
 孫ができてから、父のことは〝おじいちゃん〟と呼んでいたが、このときは、〝お父ちゃん〟と耳元で大声で呼びかけた。
 昔から甘い物が大好きだったので、
〝お父ちゃん 饅頭買うてきたよ!〟
 と言うと、父は〝おお〟と声を発し、少し目を開いた。
 
 結局、これが最後の会話になった。
 翌日の昼に、電話をもらって病院に駆けつけたが、少し前に息を引き取った、と告げられたのだった。
 その後は何かに押し流されるようにことが進んだ。
 今年に入って、予感のようなものがあり、実家の近くの葬儀場を見学して、段取りを聞いたりしていたので、あわてることはなく、すべてがスムーズだったと思う。
 それでもいろいろなことがあり、気持ちは今も落ち着いてはいない。
 
 私が高校生の頃、祖母(父の母)のお葬式があった。
 出棺の際に、父が号泣しながら、
〝おか(あ)ちゃん、ええとこ行きや〟
 と言ったのがとても印象に残っていた。
 そのとき、父親が泣くのを初めて見たのだった。
 
 私も、父の出棺の際には、同じ言葉をかけようと決めていた。それで、
 〝お父ちゃん ええとこ行きや〟
 と言ったら、嗚咽がとまらなかった。
 
 姉と私で、後のことはきちんと済ませていくつもりでいる。
 二人の娘に恵まれて、父は幸運だったと思いたい。

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