夜明けとともに
私にはずっと憧れていたことがある。
それは夜明けとともに畑の草抜きをすることだ。
夏の炎天下では、外にいるだけでも辛いので、できるだけ早朝に畑に行くようにしていた。
畑までの所要時間は、自転車で行っていた頃は1時間、車で行き始めてからは30分。
日焼け止めを塗ったり化粧をするなど、準備に時間もかかるので、がんばっても到着は午前8時前になった。
一人で通っていたときに、いっそ、午前4時頃に出発してみようか、と考えたことがある。
それなら午前3時には起きないといけない。
でも夜明け前の暗闇の中を自転車で走るのも悪くないな、とちょっとわくわくしていたけれど、実現しないまま、夫が単身赴任から帰ってきて、車で一緒に行ってくれるようになった。
そんなにも早朝に出発したいと夫に無理を言うのはあきらめていた。
けれど、畑仕事に汗を流してくれていた夫にとっても、夏の暑さは切実な問題だった。それで彼からある提案があった。
前夜から畑の中にある父の家に泊まって、翌日の早朝に作業を始めてはどうか、というのだった。
私にはない発想だったので、本当にびっくりした。
家は父の老後のために、10年ほど前に建てたもので、父の施設入居後は空き家になっていた。
それを今は私たちの息子が仕事に使っているが住んではいない。
確かに、前夜から泊まり込んで畑仕事をするというのは良い案だった。
八月の初めに、その計画を実行した。
前日の夜、入浴を済ませてからジャージ姿で自宅を出て、夫の運転する車で畑の家に向かった。
途中でラーメンを食べ、コンビニで朝ご飯を買った。
なんだか合宿に出かけるような気分だった。
畑の家に着くと、一階にある畳の部屋に布団を並べて敷いた。
部屋のサッシを開けるとすぐに畑に出られる。
それほど暑くなかったので、夫がシャッターを上げて網戸にして部屋に風を入れた。
私ひとりで誰もいない家で泊まることになれば、静けさの重みに耐えきれなかっただろうし、戸を開けたままにすることは怖くて絶対に無理だったな、と思った。
早めに寝ようとしたけれど、眠りが浅いまま何度か目が醒めた。
ガラス戸越しに夜空と木々の影が見えていた。
周囲には父の弟たちの家が並んでいる。
目覚めるたびに、だんだんと闇の色が紫がかってきて、夜明けが近づいているのがわかった。
私は起き上がり、洗顔して服の上から全身に虫除けを振って畑にでた。
冷気の漂う凜とした空気のなかで、体が夜明けに溶け込んでいるように感じた。
畑と世界が私を受け入れてくれているようだった。
そうだ、ずっとこうしたかったのだと思った。
私が感じたいと望んでいたものがそこにあった。
憧れだったことが実現したのだった。
忘れられない体験だった。
それで夏の間はこれを続けることにした。
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