SSブログ

ぶどうぱん

 パン屋さんに行くとわくわくする。
 パン好きにとって、「パンを選ぶ」というのは楽しい作業で、美味しいという評判を聞けば遠くのお店までわざわざ足をのばしてみたりする。
 子どもの頃は家の近くに専門のパン屋さんはなく、村に一軒だけあった食料品店に少しだけ置いてあるパンを買っていた。
 当時、私は〝サンドウィッチ〟にとても憧れていた。
 ふかふかした薄切りの食パンにハムやチーズやレタスを挟んだ姿はあでやかで、幼い私は食べ物界のお姫様のような高貴なイメージを抱いていたのだった。
 それはテレビや雑誌で見るだけのもので、村のお店では売っていなかった。母に作ってもらったこともなかった。
 高校生くらいになると、ひとりで町のスーパーに行けるようになった。材料を買って自分で作ることもあったけれど、両親はあまりサンドウィッチを好まなかった。それは田舎の文化の外側にある食べ物だったのだ。
 
 大人になり、結婚して街に住むようになると、〝サンドウィッチ〟は身近な食べ物になった。
 私は子どもの頃の欲求を満たす如くそれをよく食べた。パン屋さんに行くと、つい目がいって、買ってしまう。他のパンに比べて高価で贅沢だけれど、それでも気持ちが高揚するのを抑えられなかった。
 そしてサンドウィッチは私の生活に溶け込んだ自然な食べ物となった。
 今ではかつての憧れの度数を超えてしまって、特別感のようなものは抱かなくなってしまった。お財布の事情に合わせて節制することもできるようになった。自分でも作りたいときに作ることができる。
 
 サンドウィッチへの憧憬を乗り越えた私が、昔も今も好きなのがぶどうぱんである。
 ぶどうぱんは村のお店でも売っていたので、子どもの頃からとても身近な食べ物だった。
 サンドウィッチとは違って、友達のような間柄である。
 自分がぶどうぱんを好きなことに気がついたのがいつだったか思い出せないけれど、これについて意見の合う人はあまりいないような気がする。変わった好みかもしれない。
 家族はみんなぶどうぱんが好きではないから、いつも自分の分だけを買っている。家にあると安心するので常備している状態になっている。
 パン屋さんでも買うし、スーパーで売っているパンメーカーのものも美味しいと思っている。ドライフルーツ全般が好きだけれど、パンに入っているぶどうは特にジューシーだと思う。
 それに、ぶどうぱんは他のパンよりも日持ちがするような気がする。
 先日、家を3日間留守にしたとき、出かけるときにすでに賞味期限が切れていたぶどうぱんを捨てるのが惜しくてそのまま置いていった。
 帰宅した夜、つまり2日後の夜、今度こそ捨てようと思って袋を開けてみると、パンはふんわりとしているし、レーズンはつやつやしていた。
 よく観察し、確認したけれど、どこも傷んでいない。変な匂いもしない。
 それで試しに一口食べてみると、じゅうぶんに美味しくて、結局全部食べてしまった。
 これは夫に話すと顔をしかめそうなので内緒にしている。
 
 自分にちょうどいい食べ物のような気がする。
 ぶどうぱん、という言葉の響きもかわいい。
 それで私はアンケートや自己紹介文のなかで好きな食べ物の欄に、ぶどうぱん、と書くとなんだかちょっとうれしくなるのだった。
 
 このブログのプロフィール欄にも書いている。
 

タグ:ぶどうぱん
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感