SSブログ

春のコート

 3月になると急に日射しが明るくなる。
 こうなると、私はたまらなく春のコートが着たくなる。
 もともと本音と建て前というなら本音で生きたいほうだし、意地や見栄を気にするほうではない。性格的には花より実を取るタイプである。
 けれどこの季節だけはどうしても譲れないことがある。
 日射しは明るくても気温が低く風の強い日であれば、セーターにダウンコートを羽織るのが適しているだろう。
 それはわかっているのに、冬の装いをするのが嫌なのである。
 寒いからと冬のコートで出かけたときに、電車の中などで軽装の人を見かけると負けたような気持ちになる。これがとても悔しい。
 ここは多少の無理をしてもトレーナーにスカート、足下も黒いタイツを脱いでストッキングをはき、ああ私の脚ってこんなかたちだったのね、と思い出したい。
 
 思えば12月1月2月はひたすら防寒のことを考えて厚着をしていればいいのだから楽だった。夏や秋も気候に合わせて服装を選べばいいのだし、春も本当はそうするべきだと思うのだけれど、なぜかこの時期だけは無理をして実際の気候に合わない恰好をしてしまう。
 
 今日も朝から予想以上に強い風が吹く中を、春の白いコートで美容院へ行ってきた。
 ガラス張りの店内は日が燦々と差し込んでいて、自分の装いに満足できたし、そういう自分がうれしく感じられた。
 生け花や掛け軸は季節を先取りしたものを選ぶのが日本の美意識だというが、それに近い感覚だと思う。
 首元には以前はマフラーを捲いていたけれど今は代わりに薄いスカーフを巻いている。
帰りはこれを頼りに骨身に沁みる寒さのなかを歩いた。
 そして家に入るとすぐに防寒シャツとタートルのセーターに着替えたのだった。
 
 いつか年を取れば、こんなこだわりも捨ててしまうのだろうか。
 でも私は、これくらいのやせ我慢はいつまでもできる自分でいたいと思うのだった。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感